あやまちと寝違えは早めに対策を
 


     ◇おまけ◇




あえて極端な言い方をするならば
魔都ヨコハマの暗部を牛耳る犯罪組織ポートマフィアと、
軍警の依頼を受け、異能がらみの荒事を鎮める武装探偵社とは、
その基本理念も異なっており、
本来ならば共存なぞ相容れられぬほどの敵対組織同士のはずなのだが。
柔軟な思考の下であれば、
もしくは寛容の精神がだだっ広ければ、並立も何とかなるものならしく。
ほら、言うでしょう? 上に政策あれば、下には対策あり。

「…おいおい」

毎度おなじみの屁理屈はともかく、
個人同士の素養を認め合ったうえでの交際までも厳しく監視していてはキリがなかろうし、
改宗を進めるための接触や潜入ならいざ知らず、
単にお付き合いをしているだけならば、
余程に大っぴらだったり相手方に依存しきってる様をつまびらかにしない限りは、
個々人の自己責任の下でこなせばいいんじゃあなかろかと。
それぞれが組織内で結構な立場にありつつ、
そこへ付きものな周囲からの信頼やら求心力やらもそのままに、
グレーなお付き合いを継続中のこちらの方々だったりするのは、

 “ひとえに、今のヨコハマが平和な証でもありましょうね。”

そう来るか、双黒の頭脳にしてうら若き最強司令殿。
とはいうものの、
相容れなかろう筈の組織同士が已む無く組む“共闘”に
必ず担ぎ出されているコンビネーションの良さには捨てがたいものがあるのも事実。
戦闘における勘の良さと瞬発力の良さは、そう簡単に培えるものじゃあなく、
そこへ加えて、片やは唯々付き合いの長さから、
片やは出会った時から殺し合う間柄だったことで
究極の死線越しのお付き合いばかりをしてきた反動から、
居場所は遠いが相手の呼吸や実力を誰より把握しているような間柄となっており。

 “それをみすみす使わぬ手はないと思うのが自然だよな。”

示しだの体面だのと言ってはいられぬ緊急避難への投入が、
ともすりゃあ当然となりつつある彼らだが、
そんな事態のさなかでなくともいろいろ睦まじいことへは、
さてどれほどのことトップが把握しているものやら…。

 「おら、炊き上がったぞ、テーブルにつけ。」

今日も今日とて、朝も早よからごちゃごちゃと悶着ありきで、
しかも仲が良いからこそのそれであり。
終わってみれば愉快な鬼ごっこを繰り広げた二人と、
それへ巻き込まれたあとの二人…だったわけで、


 「…もしかせずとも痴情のもつれってやつかな、こりゃvv」
 「え?」×2
 「こらこらそこ、誰に何を教えてんだよ

それでなくとも天然な年少さん二人へ、余計なワードを刷り込むなと、
菜箸を振り振り中也が制す。
そうこうするうち、ほくほくと赤飯が炊きあがり、
アワビの吸い物に、練り天の甘煮、
きゅうりとわかめの酢の物とを付け合わせ、
男4人が1つテーブルに顔つき合わせ、
何のお祝いだか、何だかめでたい昼餉となった。
夏の初めの平日の、何でもない日にこれである。
全員が一応は“勤め人”のはずなのに なんてまあ自由なことか。
程よい炊き上がりの赤飯へ、
うわ美味しいと相好を崩していたところ、

「そうそう、敦くんは明日普通に出社していいからね。」
「えっとぉ?」

太宰の言いように、えっと?と小首を傾げかけた虎の子くんだったが、
そのまま “あ・そういえば”と思い出したのが、
自分がどういう格好で始業間近だった探偵社から飛び出したのか。
『人虎は頂いていくぜっ』なんてな聞えよがしの捨て台詞つきで、
追って来た中也に攫われるよな格好、
そりゃあド派手に逃げ出した彼らであり。
ポートマフィアの幹部殿と一緒の逐電も、
そういう格好ならあとあと辻褄が合わせやすかろうという
中也の咄嗟の判断と演技もなかなかだったれど、

「中也は敵対組織の人間と逢ってた敦くんだと勘違いして
 言質を取ろうと攫ったけれど、人違いと判って解放される。
 そういう筋書で通すのが無難でしょ?」
「??」

何のことやらと小首をかしげる敦の向こう、中也が忌々し気に口許をひん曲げる。

「確かに、ウチのシマ(縄張り)で勝手な取引をしていたチンピラ風情の連中がいたんで、
 下部組織の面々が絡め捕ろうとしたところ、
 何人か取り逃がしたらしくて、そのまま窮地を察してこそこそと逃げ回っとる連中がいる。」

ポートマフィアはその首魁が何代にもわたって続いている、
ある意味 歴史ある大型犯罪組織ではあるが、
今の代になって唯一それにだけは手をつけないのが、
覚醒剤やLSD、合法ドラックなどという所謂 麻薬関係の売買で。
密輸や売買といった取り引きはおろか、
難敵懐柔や敵対関係者の略取などという策への小道具にも一切用いないそうで。
医師がトップだからとかいう特に小綺麗な動機からではなく、
一時的には莫大な利を齎すかもしれぬが、深みにはまると厄介この上ない代物だから。
自堕落な外れものや金が余って遊びにも空いたような退廃層のみならず、
凡庸真面な一般市民をも取り込めるし、金をいくらでも吸い上げられる正に魔性の媚薬だが、
そういう取引で名を馳せれば、
裏で提携している企業の上層部などがいい顔をしないというのもある。
万が一にも流通の流れが自分たちの身内へまで生じては困るというのは判らんでなし、
そんな危うい利益を主柱にするほど愚かではないというところかと。
なので、そのジャンルに限っては
警察同様 駆逐すべき案件とするところが ある意味で変わったマフィアでもあり、
自分たちが関わりありと決めつけで想起されるのが業腹だからにすぎないのだが、

「そうそれ。それらしいのと敦くんが立ち話してたのを見かけて、
 中原って幹部さんが話を聞かせろって声かけて来たということにしたから。」

居合わせた谷崎くんたちにはそういうメールを送っといたから、
後で口裏合わせようね、とニコリ笑ってから。

「実は痴話げんかに勢いがついた末の鬼ごっこでしたとは言えないでしょ?
 あんな大胆にも窓割って逃亡したのに。あ、このお新香美味しいね。」

「ううう…。////////」

あくまでも敦くんが恥ずかしくないよう手を打ってくださったようで、
国木田あたりが念のためにと裏を取っても大丈夫なように、
裏社会の昨日今日の動向とやらへちょっとばかりアンテナを立てて、
按配の良いネタを拾ってくださった模様。
刷り合わせのあとで、人違いされた怪しい売り子も取っ捕まえれば重畳だよねと言う辺り、
そっちにももはや目星はついてるらしく。
午前中のほんの数時間、
他の人たちはまだエンジンも掛かってなかったろう頃合いの中だったろに、
こ〜んなややこしい仕儀へ鋭い思考を働かせ、
的確な目串を刺した上できっちり片を付けちゃえる行動力は大したものであり。

 “何で社での報告書制作とかは怠ける人なんだろう。”

単純な文書のまとめくらい、それこそてきぱきとこなせようにと小首を傾げた敦くんへ、
そちらからも視線を向けてきた太宰さん。
お吸い物を上品にすすり、ニコッと笑ってから、だが、ふと眉をひそめたのが、

 「包帯も絆創膏もわざとらしくてバレバレだよねぇ。」
 「あ…。」

先程芥川が怪訝そうに指摘し、中也から微妙な返り討ちに遭ってた問題の鬱血痕のことだろう。
何しろこれこそが対外的な騒動の方でのコトの発端であり、
誤魔化し切れていなかったからこそ何やら物々しい脱走劇になっちゃいもしたわけで。
中也が連れ去ったことになっているだけに、
包帯で隠しても首でも絞められたのかと問われるに違いなく。

「与謝野せんせえ辺りに 見せてみろと迫られたら…。」

「う〜ん。」
「えっとぉ。」

曲がりなりにもお医者様だけに、大丈夫ですと振り切れはしなかろう。
その場にいてやれないだろう中也もまた、困ったなぁと眉を寄せており、

「中也さんのチョーカーとか」
「それも何か不自然だろう。」

何だったら引くまで家に匿おうか?
なんですよ、それ…と、別な意味から困った方向へ縒れかかっている二人へ、
芥川が一言告げたのが。

「湿布を貼っておけばいいだろうに。」
「…っ☆」

鬱血なら効き目もあるかもしれないし、
絆創膏で止めてあるの、わざわざ剥がせとまでは言われまい。

「どうしたのだと訊かれたら寝違えたといえば。」
「すっごい、芥川くん。」

それは思いつかなんだと、素直に感心している敦の向かいから
こちらは中也が訊いたのが、

「ああ。よくぞ思いついてくれた…といいたいが、
 お前そんなに寝違えとるのか?」
「〜〜〜〜〜。/////////」
「…何でそこで赤くなるんだ。」

キスマークを知らなんだくらいで、艶っぽい何かしらが発展しているようには思えない。
大方誰かさんが拘束を離さぬような窮屈な寝方を強いてのこと、
それが原因の寝違えとやら、頻繁に抱えているのだろうなと。
こちらは真逆で奔放同士が、それにしてはよくも蹴り合わぬ健やかな供寝が
敦とは続いている中也が察しておれば。
窮地に陥った芥川なのへの助け舟か、
彼の側の常套ではというそれ、
コホンとわざとらしい咳をしてから、太宰が口を挟む。

「寝ぼけたそのままキスマークつけられちゃうよかマシだよね。」
「うっさいなっ

決着したんだから、その話はもうよせと、
細い眉を吊り上げる赤毛の兄人さんへ、話の照準をずらしたのっぽのお兄さん。

「大体さ、こいつってば敦くんよりおチビさんなのに…いいのかい?」
「手前わなぁ…

相変わらず口の減らない誰かさんの云いようへ、
こちらは大きめのお茶椀へお代わりをよそってもらった敦くん。
それこそ今更の話だと思ったか、
憤慨するどころかキョトンとしつつ、あっけらかんと口にしたのが、

「? 寝っ転がってしまえば関係ありませんよ?」

 「う…。」×2

即妙だったが、絶対に思案した末の言いようではないぞと、
だからこそウッと言葉に詰まったお兄さんたちの傍らで、
もう片やの年少さんが、おおおと目を見張っていて。

「…っ。」
「…そこ、手を打って納得しないの。」

相も変わらずの天然さんたちの柔軟過ぎる奔走ぶりへ、
兄人二人、おいおい待て待てと引き留めに回る、
やはり相変わらずな光景だったりするのでございます。






  〜Fine〜   17.06.29.〜07.23

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 *何か異様に長引いたお話でしたね。
  途中で忙しくなったのが敗因で、
  七夕のお話とか書きたかったのになぁ、とほほ。
  公式の京都まで笹をとりに行った中也さんには大うけでした、はい。
  そうめんとネギを買いに行くという“任務”を授かった某先輩も可愛かったですし…vv